カトリック高槻教会

日本二十六聖人

生涯

アシェンソ・アデリノ 神父

キリスト教がフランシスコ・ザビエル(1506~1552)によって1549年に日本に伝来され、16世紀後半中に豊かな普及に恵まれていました。しかし、政治的な困難につながるキリスト教と日本の宗教・文化風土との間の衝突や緊張の発達によってキリスト教は迫害され始めました。

迫害の時代が始まったのは、豊臣秀吉(1536~1598)が1587年に伴天連(バテレン)追放令を発した時のことです。1600年に日本は一つの国民として統合され、徳川家康(1542~1616)が将軍の称号を贈られました。1614、宣教師を追放する大禁教令が徳川家康に発され、キリスト教迫害は以前よりもっと厳しくなりました。キリスト教の信徒は「隠れ切支丹(キリシタン)」になり、信仰を代々に伝道しました。1858年、「隠れ切支丹」とフランス人の宣教師との間の出会いが長崎であり、キリスト教が日本に二回目伝来されたのです。

日本二十六聖人は、厳しい寒さの中、京都や大阪から連れられて、1597年2月5日、豊臣秀吉の命令によって長崎で処刑された26人のカトリック信徒です。日本でキリスト教の信仰を理由に処刑が行われたのはこれが初めてでした。26人は1862年6月8日にカトリック教会によって聖人の列に加えられたため、彼らは「日本二十六聖人殉教者」として2月5日に祝われています。26人は、日本人(20名)、スペイン人(4名)、メキシコ人(1名)とポルトガル人(1名)という四ヶ国の方々でした。

一人ひとりの紹介

フランシスコ吉
日本人大工。フランシスコ会員の世話をするため、一行に付き添い、道中で捕縛。
コスメ竹屋
日本人、38歳。大阪で捕縛。
ペトロ助四郎
日本人、イエズス会員の世話をするため一行に付き添い、道中で捕縛。
ミカエル小崎(またはミゲル小崎)
日本人、46歳。京都で捕縛。トマス小崎の父。
ディエゴ喜斎
日本人、64歳。大阪で捕縛。イエズス会員。
パウロ三木
日本人、33歳。大阪で捕縛。イエズス会員。
パウロ茨木
日本人、54歳。京都で捕縛。レオ烏丸の兄。
五島のヨハネ草庵
日本人、19歳。大阪で捕縛、イエズス会員。
ルドビコ茨木
日本人、12歳で最年少。京都で捕縛。パウロ茨木、レオ烏丸の甥。
長崎のアントニオ
日本人、13歳。京都で捕縛。父は中国人、母は日本人。
ペトロ・バウチスタ
スペイン人、48歳。京都で捕縛。フランシスコ会司祭。
マルチノ・デ・ラ・アセンシオン
スペイン人、30歳。大阪で捕縛。フランシスコ会司祭。
フェリペ・デ・ヘスス
メキシコ人、24歳。京都で捕縛。フランシスコ会修道士。
ゴンザロ・ガルシア
ポルトガル人、40歳。京都で捕縛。フランシスコ会修道士。
フランシスコ・ブランコ
スペイン人、28歳。京都で捕縛。フランシスコ会司祭。
フランシスコ・デ・サン・ミゲル
スペイン人、53歳。京都で捕縛。フランシスコ会修道士。
マチアス
日本人、京都で捕縛。本来逮捕者のリストになかったが、洗礼名が同じというだけで捕縛。
レオ烏丸
日本人、48歳。京都で捕縛。パウロ茨木の弟。ルドビコ茨木のおじ。
ボナベントゥラ
日本人、京都で捕縛。
トマス小崎
日本人、14歳。大阪で捕縛。ミカエル小崎の子。
ヨアキム榊原
日本人、40歳。大阪で捕縛。
医者のフランシスコ(またはフランシスコ医師)
日本人、46歳。京都で捕縛。
トマス談義者
日本人、36歳。京都で捕縛。
絹屋のヨハネ
日本人、28歳。京都で捕縛。
ガブリエル
日本人、19歳。京都で捕縛。
パウロ鈴木
日本人、49歳。京都で捕縛。

列福

生前、その生き方において、聖性を示していたと思われる人物は死後、申請が行われることによって列福調査が始められることがあります。

列福されるには、まず当該人物の生活した地域の司教による調査が行われ、そこで徳と聖性が認められることでローマ教皇庁の列聖省に資料が送られ、そこで2度目の調査・審議が行われます。

列福が認められたすべての福者はその記念日を持っており、通常は命日がそれにあたります。場合によっては、さらに列聖調査が行われ、聖人に列せられることもあります。

列聖

列聖とは、カトリック教会が信仰の模範となるふさわしい信者を聖人の地位にあげることです。通常、徳と聖性が認められた福者がその聖人の地位にあげられます。

『カトリック教会のカテキズム』828項に次のように記されています:「教会は、ある信者たちを列聖することによって、つまり、彼らが諸徳を勇敢に実践し、神の恵みに忠実に生きたことを荘厳に宣言することによって、自分のうちにある聖化の霊の力を再認識し、聖人たちを模範ならびに取り次ぎ手として信者たちに示し、彼らの希望を支えます。」