カトリック高槻教会

高槻教会について

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カトリック高槻教会の聖堂は<高山右近記念聖堂>として知られています。高いドーム状の屋根が印象的な建物は、キリシタン大名ユスト高山右近がその生涯を終えた地、マニラ市郊外のアンティポロにある聖母大聖堂に模して設計されました。

第2次世界大戦後の1946年、当時の田口芳五郎司教は<高山右近顕彰碑>と<記念聖堂>の建立を計画されました。これには、郷土の誇りとして語り継がれてきた高山右近を思い起こすことで、敗戦の痛手に打ちひしがれていた日本国民の心を癒し、希望を持って立ち上がる事ができるようにとの祈りが込められていました。

まず1949年<高山右近顕彰碑>が現在の商工会議所の場所に建立され、除幕式がローマ法王ピオ12世特使オルテノス司教によって行われました(顕彰碑は後に教会に移設)。続いて当時大阪府東部地区の宣教を委託していたクラレチアン宣教会の協力を得て、1954年現在地に仮聖堂が建てられ、カトリック高槻教会が創立されました。そして<高山右近記念聖堂>が1961年に着工され、翌1962年3月に完成、4月に献堂式が挙行されました。多くの人の祈りと尽力により当初の建立計画から16年の歳月を経て完成した聖堂は、その姿を変えることなく現在に至ります。

高山右近の名が冠せられた当聖堂は、右近が列聖されていないため、右近が崇敬した聖母マリアと、日本26聖人に奉献されています。1965年に「高山右近列福運動」が始まり、大阪司教館内にその本部が置かれ、今日に至るまで熱心な取り組みがなされています。

 

年表

1954年
仮聖堂完成 クラレチアン会デュサン神父・ジャルシ神父着任
1956年
ゴンザレス神父・フランケサ神父着任
1958年
隣接地の幼稚園(現マリア・インマクラダ幼稚園)をクラレチアン女子修道会が譲り受け、傍らに日本クラレチアン会本部修道院を建設 ヨレンテ神父着任
1962年
新聖堂完成・献堂式 右近顕彰碑も教会に移設 ヨレンテ神父・フランケサ神父着任
1965年
教皇特使パウロ・マレラ枢機卿の出席のもと「高山右近逝去350年祭」を田口司教が司式 モンテロ神父着任
1969年
クラレチアン会から大阪教区に移管 山田國吉神父着任
1979年
石川武津夫神父着任
1989年
諏訪栄治郎神父着任
1995年
帘(サカバヤシ)功神父着任
1998年
梅原彰神父着任
2002年
新信徒会館(現右近会館)落成
2004年
高槻教会創立50周年 松本武三神父着任(共住司祭)
2006年
井上博嗣神父着任(茨木教会主任と兼任)
2007年
ドミンゴス神父着任(助任司祭)
2008年
井上神父・ドミンゴス神父共同司牧(高槻・茨木教会)
2009年
ドミンゴス神父・Sr. 狩野・Sr. 橋本共同司牧 アデリノ神父着任(共住司祭)
2010年
アデリノ神父・三輪神父・Sr. 狩野・Sr. 橋本共同司牧 マルコ神父着任(共住司祭)
2011年
アデリノ神父・近藤神父・Sr. 狩野・Sr. 橋本共同司牧
2012年
アデリノ神父・ダニエル神父・Sr. 橋本・Sr. 深瀬共同司牧(高槻・茨木・千里ニュータウン教会)
 

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